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夜更かしと朝寝坊、あたたかいカフェラテ、心にしみる映画が好き

『ホテルローヤル』で誰かに大切にされていたあの頃を思い出す(ネタバレあり)

ちょっと期待しすぎちゃったかな。1番良かったのは、終盤どんどん過去のアルバムがめくられていくような流れの中で、満を持して登場する主題歌『白いページの中に』。あの圧倒的なノスタルジーの中に包まれたらどんな映像もエモくなる。

きっと誰もが心の中にそっと抱いている「あの頃」を描きたかった映画なのかな。制作陣の意図はなんとなく伝わるけど、何にせよ核心に触れないまま終わってしまったなぁという不完全燃焼な気持ちが残った。

 

ラブホテルに訪れる客の心模様をもっと眺めたかったな

『ホテルローヤル』の舞台はラブホテル。メインで描かれている203号室のインテリアはレトロで、ラブホテルにありがちな年季の入った雰囲気なんだけど不思議とダサいわけではなく、特にお風呂を囲むガラスの柄が可愛い。絶妙に見ていて心地よいお部屋。

そこに訪れるカップルたちのエピソードが、ホテルの女将さんとして働く雅代(波瑠)と清掃スタッフのミコ(余貴美子)・和歌子(原扶貴子)たちの視点で進んでいく。...のだけど、1つ1つのエピソードがどうも薄い。感情移入するほどの時間も深みもないので、なんだかちょっともったいない。

同じようにラブホテルを舞台として、訪れる客のエピソードにフィーチャーしている映画としては『さよなら歌舞伎町』が真っ先に思い浮かんだのだけど、正直軍配は完全に『さよなら歌舞伎町』のほうに上がる。

主人公・雅代(波瑠)の存在感も少しぼんやり

そういう役柄だったと思うので仕方ない側面はありつつ、波瑠の存在感も物足りなかった。ただ、教師と生徒の2人が心中してしまったあとで、父の入院する病室で「あの子も(母と父に捨てられたという状況は)私と同じなのに、なんで死んじゃったんだろう。私とお父さんは生きてるのにね」と語っていたシーンはとても印象に残っている(セリフの言い回しは少し違ったかも)

死を選ぶ人と生き続ける人の間には、一体何の違いがあるんだろう。そこには大きな断絶があるような気もするし、ほんの紙一重でどっちにだって転べるような気もする。

ホテルローヤル創業時のエピソードは良かった

たぶん、この映画で監督が描きたかったのはここだよね。当時妻がありながら、愛人のるり子(夏川結衣)との間に子どもができた大吉(安田顕)。この大吉が雅代の父、るり子が母になるわけだけど、当の雅代は自分が不倫の末にできた子どもであることに後ろ暗い気持ちを感じている。

でも、若かりし頃の大吉とるり子は、自分たちこそが世界の中心と言わんばかりの自信と幸福に満ちあふれている。つわりで苦しむるり子のために、真夏にみかんを求めてデパートに走り、買ってきた箱入りみかん。それを見て「子どもはきっと女の子よ、箱入りだもの」と無邪気に笑うるり子。

そう、雅代は2人の大切な大切な箱入り娘だったんだよね。きっと、何を犠牲にしてもこの子だけは守ると心に決めていたんだよね。その後、雅代が大きくなってからるり子は若い恋人と駆け落ちし、大吉は元妻の家に入り浸るようになってしまうけれど、雅代が2人の愛情を一心に受け、大切にされていた過去は確かにあった。今がどうという話ではなく、そういう過去が存在していたことの尊さを、この映画は教えてくれる。

人はつい、今の不遇に甘んじてしまう

もちろん、誰もにそんなささやかながらも輝かしい過去があるわけではない。生まれてから1度も光を見ずに育ってきたという人もいるのかもしれない。でも、それは果たして事実だろうか。

今が不遇であればあるほど、人はつい、その不遇に甘んじてしまう。過去に得たきらめきのカケラも、今に覆われて見えなくなる。でも、それは見えないだけで、なくなってしまったわけではない。誰かに愛された過去、誰かに大切にしてもらった過去、誰かと一緒に笑い合った過去は、今でもずっとあなたのものだ。だから私たちは、もっと安心して生きていい。