「お天気が良い・悪い」って、よくよく考えると不思議な表現だ。晴れが良くて雨が悪いって、ずいぶん偏ったジャッジじゃない?
この映画のタイトル『日日是好日』は、直訳すると「毎日が良い日」という意味になるそうだけど、私たちの過ごす毎日には、本来良い日もあれば悪い日もある。ただ、これこそ個人の都合で、「日」そのものにはきっと良いも悪いもない。私たちの細々とした感情とは別のレイヤーで、日々を慈しむ気持ちを思い出させてくれる――そんな心のお洗濯ができる映画だった。
冒頭シーンの音楽がまず最高!
『日日是好日』の冒頭、ハタチの典子が家から飛び出て駆けていくシーン、ここの音楽がとにかく最高。のっけからやられた~~っていう感じ。ハタチという弾ける若さ、みずみずしさ、わくわく感、無敵感、そんなものがすべてギュッと凝縮されている。
この天才的な音楽は一体誰が...?と思って調べてみると、世武裕子さんじゃないですか。世武さんといえば、少し話は逸れるけど私が大好きなロックバンド・サカナクションのボーカルの一郎さんの話にちょこちょこ登場したり、サカナクションが主催するイベントにいらっしゃったこともあったような。とにかく「あぁなるほど!」と納得感のあるお名前でした。よくある劇伴作家の型から良い意味で少しはみ出しているようなフレッシュ感。
穏やかな映像にはこれくらいパワーのある音楽が◎
この映画全体を通して思ったのが、映像は主に茶室で、たまに典子の自宅や海などもあるけれど、基本は「静」の印象があること。それに対して同じくらい穏やかな音楽をあてても良さそうなものだけど、この映画では不思議と「ハッ」とするような鮮やかな音楽が耳から飛び込んでくることが多かった。その一瞬一瞬の気付きがとても心地よくて、映像の「静」を音楽の「動」が上手く引き立てているつくりに感動。
「動」といっても決してうるさいわけじゃない、「こうくるかな」という予想に反していつも数%だけ意表を突いてくるような上手さなんだよねぇ。これは監督の指示なのか世武さんの裁量なのか。いずれにせよお見事です。
圧倒的な樹木希林と、初々しい黒木華&多部未華子
物語は、お茶の先生である武田(樹木希林)と大学生の典子(黒木華)、そのいとこの美智子(多部未華子)の3人を中心に進んでいく。典子と美智子はほどよい品がありつつも最近の娘さんで、茶室を初めて訪れたときの様子も初々しくてとても可愛い。1つ1つの手順に「なんで?」「どうして?」という疑問を素直に抱く。その度に「理由は分からないけれどそういうものなのよ」と武田先生からたしなめられ、腑に落ちないながらも従っていく。
意味のある形、ない形
現代の合理性の中にあっては即座に切り捨てられていくこういった「形」。ビジネスマナーと呼ばれるジャンルなんかもこれに似てると思うんだけど、普段は私も形だけのマナーには首をかしげてしまうタイプだ。
ただ、あくまでもマナーに関して言えば、その発祥は相手へのおもてなしの心だったり、相手を尊重したい気持ち、心遣いなんだと思う。だからマナーで何より大切なのは、「形」ではなく込める心。相手を敬う心さえ伝われば、形は何でも良いと思っている。古来からある「形」を使ったほうが万人に伝わりやすいというだけで、「形」そのものに意味があるわけではない。
一方で、この映画で描かれている「形」は、どちらかというと「形」そのものに意味がある類のものに感じる。もちろんお茶の手順にもマナーとしての意味合いは多分に含まれているだろうけど、それ以上に「形」をなぞり、「形」で魅せる芸術というか。
一定の「形」を繰り返し繰り返しなぞることで、茶室の外の季節のうつろいに心を添わせ、自分の内面と深く向き合うひととき。そのカタルシスって、経験してなくてもなんだか分かる気がする。
五感を使って味わえば、毎日が愛おしい
お茶を始めてから10年以上、すっかり大人のレディになった典子のモノローグで、次のような言葉があった。
雨の日は雨を聴く。
雪の日は雪を見て、夏には夏の暑さを、冬には身の切れるような寒さを。
五感を使って、全身で、その瞬間を味わう。
つまりはこれが日日是好日なんだよね。ありのままの毎日をそのまま受け止めること。日々はいつだって「好日」なんだ。それに対して私たちがあれこれ意味づけをしてしまうだけで、「悪い日」なんて本当は1日もない。
「好き」と「愛してる」の違いにも似てる
好き嫌いはとても表面的で個人的な感情だ。私たちが普段口にする「良い日・悪い日」というのは、単なる好き嫌いに過ぎない。
対して「日日是好日」は、日々への愛なのだと思う。愛って、親が子どもを想う気持ちを例に取ると分かりやすいけど、相手がどんなに悪いことをしても揺らいだりしない。デコボコしていたとしても、だからこそ愛おしいと思える心。受容。
私たちはきっと、もっと自分の日々を愛していいんだろうね。そんなことをつらつらと考えた1本でした。
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