映画として流し見するのはもったいないくらい、ハッとする構図の美しさ。1枚1枚丁寧に切り取ってポストカードの中に閉じ込めておきたくなるような、計算され尽くした世界観。その一瞬の凄みの積み重ねが、とても豪奢な映画だった。
そんな映像美とは対照的に、ストーリーはあまり美しくないように感じたけれど、それは私の好みの問題かなぁ。
太宰治の『人間失格』は学生の頃に読んだことがあるきりで、実はあまり覚えていない。だから映画は映画としてまっさらな気持ちで楽しめたのだけど、主演の小栗旬よりも私の中で印象深かったのは、3人の女たちのほう。
- 妻の美知子(宮沢りえ)
- 愛人①の静子(沢尻エリカ)
- 愛人②の冨栄(二階堂ふみ)
なんともゴージャスな顔ぶれ!
私は静子のように生きたい、けど現実は冨栄かな
太宰と妻の美知子はお見合い結婚。2人の小さな子どもと、さらにお腹の中に3人目の赤ちゃんがいる。しかし太宰は結婚後も他の女との恋愛に明け暮れ、好きになった女との心中未遂を繰り返している。
この時点で、私の中では妻の美知子の立場になりたいという気持ちはゼロ。最後の最後、本当に太宰が亡くなるときの美知子宛の遺書には「誰よりも愛している」みたいな言葉が書いてあったけど、仮にそれが真実だとしても、太宰は恋した女の数だけ真実があるタイプだと思うな。
静子と過ごす人生の春
物語の比較的冒頭から登場する静子は、小説家志望で太宰も認めるセンスの持ち主。太宰は静子の書いた日記に大層価値を感じていて、それを読みたい一心で静子の住む伊豆まで「恋をしに」出かける。
この静子の住まいの梅林のなんと華やかなこと! 一面のこっくりとしたピンクの中を駆ける静子の姿を見れただけでも、この映画を観た価値があるなと思えるほどの美しさ。静子を演じる沢尻エリカがまた憎いほど乙女で、恋の始まりに高鳴る胸の鼓動まで聞こえてくるような演技だった。あれは人生の春だね。
日記を読んで静子と一夜を共にしたあと、太宰は一旦帰り支度をして部屋から出るんだけど、ベッドに1人取り残されて涙が込み上げてくる静子のもとへすぐに戻ってきて力いっぱい抱きしめる。あのシーンは本当によかった...静子が恋しい衝動に抗えない太宰の姿、ときめく。日記目的だと思っていたけど、あれは本当に静子に恋してたよね。
そのあとしばらく蜜月のようなシーンが続き、結果として静子は太宰の子を身ごもったことが分かるや否や太宰から距離を置かれるんだけど、それでも物語の最後には「一生分の恋をした」みたいな満ち足りた表情で取材陣に応えていたし、自分の夢だった自著も出版が叶ったみたいだし、この映画の登場人物の中では1番良いとこどりでタフな人だったと思うの。
冨栄と過ごす気だるい夏
冨栄の登場シーンは静子のピンクとは対照的に、紫陽花のブルー。梅雨~夏にかけてのしっとりとした湿度の高さや、辟易する暑さのようなものをその関係性からも感じた。ひたすら太宰のことだけを見つめて、1日の100%を太宰で満たしたくて、太宰との関係性の中でしか自分を生きる意志がない冨栄。
3人の女の中で1番誰になりたいかと聞かれたらダントツで静子なんだけど、誰が1番自分に近いかと聞かれたらどうしようもなく冨栄かもなぁ。笑
1度あちらの世界に飛んだ冬
物語が進むにつれて、どんどん結核が悪化する太宰。1度冬の夜道に倒れ、咳き込んで吐いた血が雪ににじむのを見て「日の丸みたいだ」と言うシーンがある。1人でバンザイしたあと倒れ、唐突にエキゾチックな讃美歌のようなBGMとともに空から白い花が舞い落ちてきて、まるで棺を埋める花のように太宰の周りに積もっていく。
これはもう明らかに1つの「死」の形だ。太宰はこのとき1度命を終えて、あちらの世界を見たんだと思う。でも駆けつけた冨栄によってもう1度こちら側に引き戻され、その後『人間失格』を書く。
今思うと春夏秋冬を駆け抜ける映画だ
蜷川実花監督が意図したのかは分からないけど、こうして振り返ると色鮮やかに春夏秋冬がある映画なんだなぁ(と言いつつ秋については明確な印象はない) 蜷川実花のこれまでの作品のイメージを裏切らない、華のある映像の連続で本当に見ごたえがあった。
私は太宰のお酒やタバコに逃げる感じが最後までどうしても好きになれず、どうせならその分もっと女に溺れてほしかったなぁと思うわけなんだけど(どの女にも中途半端にしか関わっていなくて、ぬるさを感じた)目で見て楽しむアートとしては良い映画でしたね。
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